四国八十八ヶ所 車遍路の概要  

    20(平成12)年8 実施


                  
              第1番 霊山寺 山門               第88番 大窪寺 山門
                    

             はじめに
        使用した車は普通乗用車、日産のプレセア。ドライバーは当時六十歳目前、体力には多少の自信があったけれども、
            運転技術は普通、どちらかといえばあまり自信はないほう、というような条件の下での車遍路の記録です。
        車にカーナビは装備しておらず、事前にガイドブック等で色々かなり調べていったのですが、結局、主として現地で
            購入したガイドマップ類を参考にして行動しました。それらにはかなり細かくいろいろ書いてあって大変役に立ったの
            ですが、それでも道がよくわからなかったり、勝手に方向や右左折する所を勘違いしたりして、あちらへこちらへとう
            ろうろ迷走することが何度もありました。
       この記録はもともと公表することを考えてとった記録ではないため、上記のようなところを含めての不十分な記録で
            すし、データも少々古く、道路事情・その他もだいぶ変わってしまっていると思いますので、あまり役に立たないかも
            しれませんが、部分的にでも、立案の際などに参考にしていただけるところがあれば幸いです。
       なおまた、これは、ホームページの作成は初めてであるにもかかわらず、無謀にもワープロ専用機で作成したものを
            何度も変換、コピーしては、思うように編集することもできぬままに作成した記録であるため、見苦しいところなど、
            いろいろあると思いますが、その点はご容赦ください。
       以下に記します車遍路の行程がこのようなものになった事情など、全部ではありませんが、部分的にもう少し詳しい
      説明をこの行程表の次に「付記」の形で書いてありますので、この「付記」の方もお読みいただきたいと思います。
                                      2006(平成18)年12月 記    山寺行好


第1日 8/16() 東京・豊田 −− 東京FT(有明埠頭)〜〜〜[オーシャン東九フェリー]〜〜〜(船中泊)〜〜
第2日 8/17()

〜〜〜 徳島港 −−−1霊山(りょうぜん )寺 2極楽寺 3金泉(こんせん)寺
4大日寺 5地蔵寺

第3日 8/18()

6安楽寺 7十楽寺 8熊谷(くまだに)寺 9法輪寺 10切幡寺 11藤井寺
12焼山(
しょうさん )寺 13大日寺 14常楽寺 15国分寺 16観音(かんおん)寺
17井戸寺 18恩山寺

第4日 8/19() 19立江(たつえ )寺 20鶴林(かくりん)寺 21太龍(たいりゅう)寺 22平等寺 23薬王寺
24最御崎(ほつみさき )寺  (室戸岬)  25津照(しんしょう )寺 26金剛頂寺 27神峰(こうのみね )寺
第5日 8/20(日)

28大日寺 29国分寺 (紀貫之邸跡) 30善楽寺 31竹林寺 (五台山展望台)
32禅師峰(ぜんじぶ)寺 33雪蹊寺 34種間(たねま)寺 35清滝寺 
36青龍(しょうりゅう)寺 37岩本寺 [38金剛福寺(足摺岬)

第6日 8/21()

38金剛福寺 (足摺岬) 39延光寺 40観自在寺 41龍光寺 42仏木(ぶつもく)寺
43明石(
めいせき)寺 45岩屋寺

第7日 8/22()

44大宝寺 46浄瑠璃寺 47八坂寺 48西林(さいりん)寺 49浄土寺 50繁多(はんた)
51石手寺 52太山寺 53円明(えんみょう )寺 54延命寺 55南光坊 
56泰山(たいさん)寺 57栄福寺 58仙遊寺 59国分寺 [60横峰寺]

第8日 8/23()

60横峰寺 61香園(こうおん)寺 62宝寿寺 63吉祥寺 64前神(まえがみ)寺

65三角(さんかく)寺 66雲辺寺 67大興(だいこう)寺 68神恵(じんね )院 69観音寺
70本山(もとやま)寺 71弥谷(いやだに)寺

第9日 8/24()

72曼荼羅寺 73出釈迦寺 74甲山(こうやま)寺 75善通寺 76金倉(こんぞう)寺

77道隆(どうりゅう )寺 78郷照(ごうしょう )寺 79天皇寺 80國分寺 
81白峯(しろみね)寺 82根香(ねごろ )寺 83一宮寺 84屋島寺 85八栗(やくり )寺
86志度寺 [87長尾寺]

10日 8/25()

87長尾寺−−88大窪寺−−脇町−−徳島道−−徳島港〜〜[南海フェリー]〜〜〜和歌山−−

−−R24−−笠田−−西高野街道−−(番外)高野山奥の院−−金剛峯寺−−高野口−−
−−R24−−橋本−−五條−−R24−−大和八木

11日 8/26() 大和八木−−R24−−郡山−−名阪国道−−亀山−−東名阪道−−小牧−−中央道−[-長野道--白馬]
(第12日)8/27()   [白馬…滞在]
(第13日)8/28()   [白馬−−長野道−−]−−中央道−− 東京・豊田


                                 
                        室戸青年太子像(修行中の空海像)     空海の修行中の住居とされる
                                                          室戸岬・御厨人(みくろど)


  [ 付  記  ]
 (室戸岬) のような(  )付の地名等は、遍路の途中で見学・観光のために立 ち寄った所です。
 [38金剛福寺]のようなその日の最後にある[ ]付の寺名は、そこ(その近く)まで到着したのだが、その日のうちに参拝はできなかったところです。
 第12日の白馬滞在は四国遍路とは直接関係のない休養のためのものですが、そのままにしました。
第1日目にフェリーを利用した理由
 1 体力・気力の温存……現地に到着、さあ遍路に出発というときに疲れ果てていたのではお話になりません。
 2 運賃もそれほど高くない……フェリーの運賃はちょっと見ると高いように思いますが、自分の車で行ったときの事を考えるとそれほど高くはないように思いました。東京から四国徳島までの高速道路料金・途中一泊の宿泊代( 体力のことを考えると途中宿泊なしでは無理 )・ガソリン代等を計算してみると
経費的にはほとんど同じに近いように思いました。たとえ少々高くつくことになったとしても、十数日間の車遍路を無事に終わらせたいという思いからすればやむを得ないと考えたのです。結果的にもいろいろな点でフェリーを利用してよかったと思っています。
 前項に関係して、 始めてしまえば何とかなるもの」
 八月の後半とはいえまだ暑さの厳しい頃でしたから毎日汗だくのドライブでした。最初は白衣・輪袈裟も着用していたのですが、途中三日目あたりからこらえきれずに白衣を脱ぎ、輪袈裟もはずしてしまいました。毎朝六時半から七時頃までに出発し、夕方五時から六時前後まで、いくつもの札所に参拝しては走り続ける。歩き遍路をしている方々に比べればかなり楽な遍路をしているに違いないのですが、それでも普段なんとなく生活している自分にとっては、かなり厳しい修行、いや苦行をしているともいえるような毎日でした。疲れたと感じる時にいつも頭に浮かぶのは、「あといくつ、あと何日」という言葉でした。若い時から山登りをしていた関係で多少自信を持っていた体力に気力がなんとか支えられ、また、何とかして無事に遍路を完遂したいという気力に衰えかけた体力が支えられていたといえるかも知れません。
  出かける前には正直言って完遂できる自信はありませんでした。途中でだめになったらまた別の機会に続きをやればいいや位の気持ちだったように思います。遍路の後半、ばて始めた時には、せっかくここまで来たのだからという思いが残りを続けさせてくれました。案ずるより産むが易し。始めてしまえば何とかなるもののようです。とにかく思い切って始めることが大切なように思います。

 八十八番大窪寺の参拝を済ませた時の「 やった。できた。 」という喜びの気持ちと達成感・充実感はなんともいえないもので、今でも忘れることができません。
 高野山奥の院への参拝( 第十日目の行程 ) について
 第十日目高野山奥の院への参拝は、無事に遍路を終了することができたことについての弘法大師へのお礼参りでした。事前にはどうしようかなくらいにしか考えていなかったのですが、八十八番大窪寺で最後の参拝を済ませ、遍路が無事に終了してほっと一息ついた時点でやはり行こうと決め、時間的には厳しいことを承知で高野山へと向かいました。 渋滞気味の和歌山市内の通過には少々はらはらしましたが、何とか四時前には高野山に到着し、その日のうちに奥の院へのお礼参りをすませることができました。
  奥の院・金剛峰寺への参拝を済ませてほっとしたところで、今日は高野山で泊まろうと思い、宿を紹介してもらいに案内所に行ってみたのですが、五時近くという時間が時間だったせいでしようか、一万円以下でと言ったせいでしょうか、それとも……、いずれにせよ、とにかくけんもほろろな応対で、全く相手にされない感じでした。疲れていたせいもあったのでしょうか、あきらめて高野山から下る車のハンドルを握りながら、同じ弘法大師にかかわるところであるにもかかわらず、ここ高野山は、四国遍路の弘法大師の世界とは全く別の世界なのだと思わずにはいられませんでした。結局、どうしようかと迷った挙句、遅くなるのを覚悟しながら、以前に泊まったことのある大和八木の畝傍駅近くの宿に電話したところ、この時間では夕食は出せないが、それでもよければ朝食付きで泊めてあげるということだったので、助かったとほっとした思いで大和八木へと向かったのでした。
 四国遍路の中ではさまざまな思いを経験しました。それらのほとんどはそのままプラスになるものだったのですが、最後の最後にあれこれ考えざるを得ない複雑な思いを経験したのでした。が、これもまた考えようによっては、弘法大師空海を中心にした一つの世界の多面的なありようについて考える一材料となる、いい経験だったようにも思います。

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